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※写真/御堂義乘
◆美輪明宏さんの力を借りて・・・
人間、運≠ニいうものがあるのでは。1971年の春頃、ゲイ向けの単行本のあとがきにぼくはゲイ向けの雑誌を出したい≠ニいうことを書いた。それを読んだ藤田竜さんと、間宮浩さんから電話がかかってきて、ぜひ、ゲイ雑誌を出すお手伝いをしたいということだった。
このお二人は「風俗奇憚」という雑誌にゲイ向けの読み物を書いていた、旧知の仲。その上秀れた才能の持ち主で、ぼくがこの二人に出会わなかったら、今日の『薔薇族』はなかったのでは。
藤田竜君は企画力が抜群、文章も上手、絵も描くし、写真も撮るし、レイアウトもできるという万能選手。雑誌の仕事にも年期が入っている方だ。
ぼくは単行本専門で、雑誌作りの経験はゼロ、藤田君の参加がなかったら雑誌は作れなかった。間宮浩さんはすでにゲイ向けの小説を数多く発表していたし、新宿二丁目にずっと住んでいたので、ゲイに関しては生き字引みたいな方で、なんでも分からないことがあると教えてくれた。
藤田竜君は遊び人、ぼくは馬鹿マジメ人間、このコンビが作り出した『薔薇族』は、独特のムードをかもし出すことができたのだろう。
藤田君は秀れた美意識の持ち主だし、『薔薇族』はエロ本かも知れないが、貴品を失わないようにということを二人でいつも誓い合っていたことだ。
新宿二丁目のマンションに住む間宮浩さんを訪ね、藤田竜君ともそこで出会い、意気投合して七月創刊にこぎつけたのだ。
数年前に間宮さんはこの世を去り、藤田竜君も修善寺にひっこんでしまった。そのあと、ぼくひとりでは『薔薇族』を支えきれなかった。
日本初のゲイ雑誌創刊ということで、話題になり、廃刊の時も話題になり、この度、復刊ということで話題になる。こんな雑誌がかつてあっただろうか。廃刊のニュースが話題になったので、潟<fィアソフトの社長さんから、復刊のお手伝いをしたいと申し入れをしてくれた。
無能なぼくが三十数年も編集長を続け、またこれからも生ある限り編集長を続けられるなんて、こんな幸せなことってあるのだろうか。
これは読者をふくめて、多くの方々の惜しみないご支援のたまものだろう。美輪明宏さんは、創刊号を出した折に、ロールスロイスを運転して、ボロ家の第二書房に買いにきてくれた。数年後、ビルを建てたときには、豪華な門灯を贈ってくれた。そして今回もぼくを助けてやろうという友情から、大事な休日にぼくとの対談をよろこんでひき受けてくれた。
今までのんびりと仕事をしていて、取材に出むくことをあまりしなかったが、今度ばかりは何人もの方と出会って話を聞き、記事に書いた。こんなに仕事をしたのは久しぶりだったかも知れない。
インターネットに勝つためには、多くの人と会い、じっくりと本音を聞き出し克明に記事にするしかないのでは。
ネットでは作り手の心のあたたかみは伝わらない。雑誌にはそれができるのでは。廃刊になって、『薔薇族』の読者から、こんな感想が送られてきた。
「廃刊の報を聞いたとき、何だか自分の帰る家がなくなったような気持ちになりました。」(豊島区・JTさん)
「廃刊の知らせで心の中にぽっかり穴があいたようなショックを受けました。」(大田区・案山子さん)
また復刊の報を知った読者からは、
「復刊、この言葉をどれほどの読者が待ち望んでいたことか。私もその読者の一人です。」(埼玉県・SIさん)
「復刊おめでとう。一番良心的で、心あるゲイ・マガジンは『薔薇族』です。」(沖縄県・AWAGUNIさん)
行動を起こしているゲイは全体の一割ほど。ほとんどのゲイたちは隠れて生活している。この現実を打ち破るために、まだまだ頑張らなければならない。
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